彼女なりの理由 日付も変わろうかという頃になり、彼女は鏡から現れ出でた。 「ただいまー……」 「おかえり」 少女は今日も、ボロボロだった。 「いやー、やっぱりまだまだ修行不足ねー」 桃色の服は裂け汚れほつれ、太陽の様な明るい髪には、ところどころに土が混じっていた。 「ぼろぼろだね」 「うーん、またお姉さまに服直してもらわなくっちゃ」 少女はスカートを摘み上げ、頬に手を添え呟いた。 「金剛石は、どうしてそこまでするんだい」 優男は濡れタオルを少女に手渡し尋ねた。 「私は」 少女は、どこか遠くを見つめて答えた。 「私は、みんなに笑ってて欲しいから」 * 暖かく穏やかな午後、空は薄暗く曇っていた。 少女は見た目からは想像できない、年を経た落ち着きを持っていた。 優男は少女の淹れたお茶を口に含み、自分が熱さも分からない程に焦っていることに気付いた。 「どうして彼女は闘うんですか」 少女は紅茶を飲み、一息ついてゆっくり答えた。 「彼女は、あなたに笑っていて欲しいんです」 優男は、納得しきれなかった。 「そんなことで、あそこまで汚れるほどに闘うんですか」 「そんなことだからこそ、彼女は立ち向かうんです」 一秒と空かずに返ってきた答えに、優男は口を噤んだ。 しかし、またすぐに疑問が浮かび、優男は質問を投げかけた。 「彼女は何と闘っているんですか。  どうしていつもボロボロになって帰ってくるんですか。」 少女はまた、紅茶を一口。 「あなたたちの敵であり味方であり、子供であり親である存在です。  概念的な存在ですから、人間と会うことはないですけどね。  ボロボロになって帰ってくるのは私がそういう風に指導したからだと思います」 「ペリドットさん!」 優男は立ち上がり叫んだ。 「ごめんなさい、とは言いません。  彼女は闘うと自分で決めました。私にはそれを止められませんでした。  だからせめて、ちゃんとした闘い方を教えました。その術を扱う心も育てたつもりです」 「じゃあ、金剛石があんなに痛々しい姿で帰ってくるのも彼女自身のせいだって言うんですか!」 優男は息を巻き、少女は茶器を机に置いた。 「彼女自身の責任です」 少女は答え、盆にカップを載せ始めた。 「今日の所は、これでお引き取りください」 優男は、少女の姿にそれ以上何も言う気になれず、館の外へと飛び出した。 空は更に曇り、今にも雨が降り出しそうだった。 * 「そうじゃなくて、どうしてボロボロになるまで闘うの。どうしてすぐに諦めて帰ってきてくれないんだ。  怪我をしてからじゃ遅すぎるんだ。もう、汚れて帰ってくる金剛石は見たくないんだ……」 膝から崩れ落ちた優男を、少女は優しく抱き締めた。 「マスター、知ってる?  勝ち方を選べるのは強い者だけ。私たちのように儚い者は、必死になってもがかなきゃ勝てないんだ。  ううん、私なんてまだまだ未熟だから、どんなに頑張ったって勝てないかもしれない。  それでも、私は勝ちたいよ。勝って、みんなで笑うの。楽しい月曜日だなぁ、って。ステキでしょ?」 少女は腕を解き、優男の目を見つめた。 「きっと勝つから。だから、もうちょっと待っててね」 少女は優男の額に唇を寄せ、寝室へと向かった。 優男が窓から見た空には雲一つなく、大きな星が一つ、輝いていた。